樹海の炭焼き小屋跡に草ヒロ自転車と猫の置物【昭和48年トヨタダイナ】



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朽ちていく樹海の仕事場に、捨てられた廃トラック

何も無い樹海の中で一人、廃トラックが寂しそうに待っている。

樹海村〜東海自然歩道〜仕事道〜炭焼き小屋の跡

樹海村

最も西側の廃道を見る。

東海自然歩道を歩いてまた廃道に入る。

東海自然歩道

東海自然歩道の歴史は浅い。

厚生省が長距離自然歩道を作る事を提案して
1973年(昭和48年)に完成した。今は環境省が担当してる。

Wikipedia – ウィキペディア

5月のツツジはすぐ終わる。
だから見ておこうと思う。

遊歩道からだってこんな絵に圧倒される。

すぐ隣に並行している中道往還。
室町時代…それ以前からある。

比べたら東海自然歩道はまだ赤ちゃんみたいな道ですね。

旧道、廃道の入り口

写真の赤松が目印。

真っ直ぐ道なりに行くと本栖湖。
途中に渡辺因獄佑の本栖城跡、関所や武田信玄の石塁が見られる。

右は中道往還。

樹海廃道の法則で交差をよく見ると道。

仕事道を見つけた後に、本栖城跡と線で繋いだら浮かび上がって分かった。

今回は左、もとす道。

ここはねんば道、しやうじ道、なるさわ道と共に
明治、それ以前はメインストリートだった時代がある。

樹海の廃道、仕事道

1歩入ると、5月若葉色に包まれる。
地に見える薄い道をゆっくり辿る。

溶岩の橋。

横から見ると分かりやすい。
昔の人が溶岩を積んだ。

そこを独り占めして悠々歩く。
とても贅沢な時間を過ごしている。

炭焼き小屋の跡地に眠る廃トラック

遠くから声が聞こえてくるよう。

久しぶり。

ゆっくり1周させてもらいますね。

よく見るとドアに「東京へ帰れ」と刻まれているのが分かった。

ラジオからニュースや音楽が流れていたのかな。
目を閉じると聞こえてきそう。

何に使っていたか分からない。車輪は4つあったのかな。

おとしもの

仏像がある。
倒れてる時もあるが起きている。誰かきているのかな。

昔の空き缶や空き瓶。

捨てられた謎の自転車

急に目に入る人工のものは不気味だ。
帰った後に、残されたものは暗い場所で何を思っているのかと想像してしまう。
ただの乗り捨てか、何かに使っていたのか。
いろいろ考えてもよく分からない。

炭焼き窯の跡

1950年代後半以降、(昭和30年超えて)ガス、石油などが燃料として普及し、徐々に衰退しました。
祖父に連れられた思い出はどこだったのか。
記憶は変わっていくから、無理やりに思い出るのは小屋を見た記憶に変わっている。
父が組合に入ってるので僕も今度、炭焼きをしてみたい。

もとす道は1度この広場で見失うがよく探すとある。
この先はとても危険。
道を失ったり見つけたりしつつ精進口登山道に交わり、
丸金2からなるさわ道、富岳風穴、鳴沢村、河口湖へと続いていく。

東海自然歩道からここにたどり着く時の廃道の交差点。
山が見えた場所に本栖城がある。

リスナーさんが面白いことを言っていた。
兵が集まる場所が城の周辺にない。
ここがその場所かもしれないとのことです。

猫の置物

探していた猫の置物を急に見つけた。
道のすぐそばの木の根のとこだった。
ずっと気にしていたのに、何度も通ったのに分からなかった。
何度か来てみて新しい発見があるから樹海散策は面白い。
何か見つからなくても木や光やさえずりは必ずあるから、それでもいい。

過去の仕事場で思う

今日もいい景色に出会えた。
もちろん綺麗、美しい、それは当たり前にあって、寂しい、詫びしい。
いつも思うが廃に昔の人を重ねて、すごい大変な環境で生き抜いた跡に心が揺さぶられる。

廃や樹海のことが好きな人はいろいろ違う楽しみ方はあるけれど
感情は似ていて同じものから生まれているような気がする。

だから何にも考えないで繋がることができる。

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